木村英輝:ロック黎明期を駆け抜けた男 ki-yan


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 フナイ電気の社長、船井哲良さんには公私ともどもお世話になっている。その彼が、経営学者、野田一夫さんより京都で新しいビジネスを始めた息子の野田豊君の相談に乗ってやって欲しいと頼まれた。
  豊君は海老蔵ばりのスキン・ヘッドのホリエモン型。経営者。船井さんには理解しがたい若者だった様だ。破れたジーンズ、無精髭の風貌でロック世代の若者相手にプロデュースをやってきた私の同行が必要だったのだろう。そこで豊君が経営するリバー・オリエンタルを訪ねることになる。
  私は「犀のファミリー」を描きおえたばかりだった。壁画の面白さに興奮していた私は、写真などを見せて熱弁をふるった。
  「犀ではなく象が描けないか」と言いながら、豊君は壁面に私を案内した。一階レストランの壁だった。店名通り、オリエンタル調だった。私は壁を見た瞬間、イメージが固まった。アジアの象と象使いたちが10mの大壁面を駈けぬけてゆく。
  壁画に向かって、赤いチョークで像を描いていると5歳の頃の私がフラッシュバックしてきた。道端に蝋石やチョークで横綱の土俵入り、野球選手、そして蒸気機関車などを描きだすと取り囲んだ大人達から「この子は天才や」と、屈んで絵を描く私の背中から聞こえてきた、あの情景だった。
  幼い頃、私の細胞に刻まれた記憶が目覚めてゆくかの様だ。何の躊躇もなかった。絵筆をとらなかった三十五年間のブランクを感じなかった。大きな壁面に向かった私は画面いっぱいに象と象使いをエイトビートのリズムにのって勢いよく描きあげていった。
  赤いチョークの下書きが5歳の頃のあの描く事の楽しさを蘇らせたのかも知れない。
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